2012年05月09日
50代最後の一日
気がつけば、50代最後の一日です。
早朝から新幹線で東京に向かっています。
今日から3日間東京ビッグサイトで展示会。ITモバイル展に出展です。
3日間立ちっぱなしは少しキツイかも。
自分にガンバ!
50代最後の一日にどんな出会いと出来事が・・・。
iPhoneから送信
早朝から新幹線で東京に向かっています。
今日から3日間東京ビッグサイトで展示会。ITモバイル展に出展です。
3日間立ちっぱなしは少しキツイかも。
自分にガンバ!
50代最後の一日にどんな出会いと出来事が・・・。
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2012年02月26日
10年ぶりに博多へ
2月の初めに、10年ぶりに博多に行ってきた。
博多で行われる展示会「アジアビックマーケット」に出展するためである。
静岡県が3ブース借りてくれて、浜松から我々6社がIT商材の展示に行ってきたのだ。

私の会社は浜松市内のもう一社と一緒に、アイホンアプリの展示と受託制作の紹介をおこなった。
壁を黒で統一し、結構大胆なデザインだったので、会場でもめだっていた。
来客は2日間で4500人ぐらいと聞いていたので、あまり期待せず出展したのだが、それなりにお客さんに来てもらえた。
アイホンアプリの制作に皆さんかなり興味を持ってもらえたようだ。

ゆるきゃら全国No.1の「くまもん」もブースに来てくれた。元気で愛嬌のよいキャラクターだった。
夜は中洲の店に皆で、3日間とも繰り出した。

「せいもん払い」は新鮮な魚介類を食べさせる、居酒屋である。
博多でも特に人気店らしく、なかなか予約が取れないそうだが、ホテルの人が運よく予約を取ってくれた。

おさしみ3人前。これがめちゃめちゃ美味かった。
浜松も魚貝類のおいしい店があるので、そんなに変わらないだろうと思って行ったら、味が全然違う美味さだった。あまりの美味さに全員でたまげてしまった!
あかむつという魚の煮つけも美味かった。すごい、の一言である。
後で聞いたら、博多でも特に美味い店だったそうだ。刺身好きの友達にぜひ食べさせてあげたい。感激するだろうな。
それにしても、博多の人たちはみなさん元気でよくしゃべる人たちだ。
展示会場でも、飲み屋でも、ホテルのレストランでも、みなさんほんとうにエネルギーがあふれていた。
これなら、おとなりのアジアの人たちに負けないだろうなと、妙に感心して浜松に帰ってきた次第。
博多で行われる展示会「アジアビックマーケット」に出展するためである。
静岡県が3ブース借りてくれて、浜松から我々6社がIT商材の展示に行ってきたのだ。

私の会社は浜松市内のもう一社と一緒に、アイホンアプリの展示と受託制作の紹介をおこなった。
壁を黒で統一し、結構大胆なデザインだったので、会場でもめだっていた。
来客は2日間で4500人ぐらいと聞いていたので、あまり期待せず出展したのだが、それなりにお客さんに来てもらえた。
アイホンアプリの制作に皆さんかなり興味を持ってもらえたようだ。

ゆるきゃら全国No.1の「くまもん」もブースに来てくれた。元気で愛嬌のよいキャラクターだった。
夜は中洲の店に皆で、3日間とも繰り出した。

「せいもん払い」は新鮮な魚介類を食べさせる、居酒屋である。
博多でも特に人気店らしく、なかなか予約が取れないそうだが、ホテルの人が運よく予約を取ってくれた。

おさしみ3人前。これがめちゃめちゃ美味かった。
浜松も魚貝類のおいしい店があるので、そんなに変わらないだろうと思って行ったら、味が全然違う美味さだった。あまりの美味さに全員でたまげてしまった!
あかむつという魚の煮つけも美味かった。すごい、の一言である。
後で聞いたら、博多でも特に美味い店だったそうだ。刺身好きの友達にぜひ食べさせてあげたい。感激するだろうな。
それにしても、博多の人たちはみなさん元気でよくしゃべる人たちだ。
展示会場でも、飲み屋でも、ホテルのレストランでも、みなさんほんとうにエネルギーがあふれていた。
これなら、おとなりのアジアの人たちに負けないだろうなと、妙に感心して浜松に帰ってきた次第。
2012年01月07日
箱根駅伝応援2012年初日、宿に到着
正月の箱根駅伝の応援は、私の毎年の行事になっているが、2012年の今年も浜松から4人で行ってきた。
もう7年連続ぐらいになるだろうか。
1/2の午後1時半頃浜松を車で出発し、東名高速道路を箱根に向けてひた走る。私は車の免許は持っていないので、毎年後部座席の人となる。
今年は上りの東名が掛川あたりから渋滞になって、なかなか前に進まなかった。そこで沼津あたりから一般道に降りて渋滞を抜けようとしたが、こちらも結構渋滞していていた。やれやれ。
で、箱根塔之沢温泉のいつもの宿には午後6時前にようやくたどり着く。出発から4時間半かかったわけである。まあ、毎年これぐらいかかるので慣れてはいるが、正月でなければ2時間程度で行ける距離なのだ。

毎年泊まる温泉宿「一の湯」は創業が寛永七年(1630年)とのことで、江戸時代に建てられた蔵があり、骨組みは明治時代に作り変えられたもの。そして、浴場や客室には大正時代、昭和初期の建築様式がいたるところに見られ、まるで昭和初期にタイムスリップしたような木造4階建ての旅館である。その古さがなんとも心地よい。
箱根駅伝のルート沿いにあり、応援には絶好の場所でもあるので毎年この時期は満室で、予約は1年前から入れないと取れない人気旅館である。私達も、毎年チェックアウトの時に1年後の予約を入れていく。
今年もいつもと同じ部屋に通され、夕食前に温泉に浸かる。早川沿いの私達の部屋には小さな露天風呂も付いているが、まずは大浴場へ行って、去年一年間の疲れを落とす・・・と言いたいところだが、夕食までの時間があまり無いので、30分程度で出てきた。
普段、私は風呂は長湯で、温泉になると2時間近く入っていて、人に呆れられるのである。

4階にある食堂は大正時代の面影を残している。一の湯の料金は、露天風呂付き部屋で正月でも一人18000円と、箱根の旅館としては破格の値段なので、夕食の献立はさすがに一流旅館とは違うが、それでもロブスターの焼き物や地元豚の鍋料理、刺身のお作り、すっぽんスープなど、結構頑張ってくれる。^^
我々は食堂でビール片手にひとしきり食べた後、部屋に帰り、持ち込んできた酒とつまみで二次会に突入した。これも、毎年の行事である。
そして、夜11時頃、翌朝の駅伝復路応援のために床につく。今年の往路、早稲田は2位だったので、翌朝の逆転劇を念じながら全員深い眠りに落ちた。
もう7年連続ぐらいになるだろうか。
1/2の午後1時半頃浜松を車で出発し、東名高速道路を箱根に向けてひた走る。私は車の免許は持っていないので、毎年後部座席の人となる。
今年は上りの東名が掛川あたりから渋滞になって、なかなか前に進まなかった。そこで沼津あたりから一般道に降りて渋滞を抜けようとしたが、こちらも結構渋滞していていた。やれやれ。
で、箱根塔之沢温泉のいつもの宿には午後6時前にようやくたどり着く。出発から4時間半かかったわけである。まあ、毎年これぐらいかかるので慣れてはいるが、正月でなければ2時間程度で行ける距離なのだ。

毎年泊まる温泉宿「一の湯」は創業が寛永七年(1630年)とのことで、江戸時代に建てられた蔵があり、骨組みは明治時代に作り変えられたもの。そして、浴場や客室には大正時代、昭和初期の建築様式がいたるところに見られ、まるで昭和初期にタイムスリップしたような木造4階建ての旅館である。その古さがなんとも心地よい。
箱根駅伝のルート沿いにあり、応援には絶好の場所でもあるので毎年この時期は満室で、予約は1年前から入れないと取れない人気旅館である。私達も、毎年チェックアウトの時に1年後の予約を入れていく。
今年もいつもと同じ部屋に通され、夕食前に温泉に浸かる。早川沿いの私達の部屋には小さな露天風呂も付いているが、まずは大浴場へ行って、去年一年間の疲れを落とす・・・と言いたいところだが、夕食までの時間があまり無いので、30分程度で出てきた。
普段、私は風呂は長湯で、温泉になると2時間近く入っていて、人に呆れられるのである。

4階にある食堂は大正時代の面影を残している。一の湯の料金は、露天風呂付き部屋で正月でも一人18000円と、箱根の旅館としては破格の値段なので、夕食の献立はさすがに一流旅館とは違うが、それでもロブスターの焼き物や地元豚の鍋料理、刺身のお作り、すっぽんスープなど、結構頑張ってくれる。^^
我々は食堂でビール片手にひとしきり食べた後、部屋に帰り、持ち込んできた酒とつまみで二次会に突入した。これも、毎年の行事である。
そして、夜11時頃、翌朝の駅伝復路応援のために床につく。今年の往路、早稲田は2位だったので、翌朝の逆転劇を念じながら全員深い眠りに落ちた。
2012年01月05日
2012年元旦の初詣に
2012年元旦、今年もまた、家のすぐ近くにある「蒲神明宮」に朝から初詣に行ってきた。
最近は、毎年初詣はここに決めている。
家からわずか5分、参拝客が少ない、1300年も前からこの場所にある、静かで余計な装飾がなくひなびた感じがたまらなく良い、などの理由からである。
それに、昨年も書いたが、ここでお祈りすると結構実現しているような感覚があるのである!
なんか、たまらなく気に入っている。
毎回50円程度のお賽銭をうやうやしく差し出して、5分ぐらいお祈りしている。
神様にしてみれば、この忙しい時期になんともけちな、手間のかかる客である。

奥に、神社がある。いかにも田舎じみた雰囲気を持っている。

ここでお参りする。今年は少し参拝客が多かった。でも、20~30人程度。元旦の朝でこれである。いいね。お祈りに十分時間をとれる。
私は、おみくじは引かない。
遠い昔、大学受験の前におみくじを引いた所、なんと「凶」で、しかも「学問」の欄に、力足らず、望み薄い・・・のようなことが書いてあって、まさにその当時の自分の立場を言い当てられてしまい、妙に納得してしまった苦い思い出があるからである。
その年の受験は有り難くも、お告げ道理すべて失敗した。で、東京で1年浪人することになったわけだ。
いや、神様はよく見ている。どう考えても、大学受験できるような実力も、努力もしていなかったから。
だから今でも、まずおみくじは引かない。自分の生きざまを見透かされているような気がするからだ。
もうすぐ60歳になろうとしているのに、まだ小心な私である!
最近は、毎年初詣はここに決めている。
家からわずか5分、参拝客が少ない、1300年も前からこの場所にある、静かで余計な装飾がなくひなびた感じがたまらなく良い、などの理由からである。
それに、昨年も書いたが、ここでお祈りすると結構実現しているような感覚があるのである!
なんか、たまらなく気に入っている。
毎回50円程度のお賽銭をうやうやしく差し出して、5分ぐらいお祈りしている。
神様にしてみれば、この忙しい時期になんともけちな、手間のかかる客である。

奥に、神社がある。いかにも田舎じみた雰囲気を持っている。

ここでお参りする。今年は少し参拝客が多かった。でも、20~30人程度。元旦の朝でこれである。いいね。お祈りに十分時間をとれる。
私は、おみくじは引かない。
遠い昔、大学受験の前におみくじを引いた所、なんと「凶」で、しかも「学問」の欄に、力足らず、望み薄い・・・のようなことが書いてあって、まさにその当時の自分の立場を言い当てられてしまい、妙に納得してしまった苦い思い出があるからである。
その年の受験は有り難くも、お告げ道理すべて失敗した。で、東京で1年浪人することになったわけだ。
いや、神様はよく見ている。どう考えても、大学受験できるような実力も、努力もしていなかったから。
だから今でも、まずおみくじは引かない。自分の生きざまを見透かされているような気がするからだ。
もうすぐ60歳になろうとしているのに、まだ小心な私である!
2011年12月14日
日本酒が旨くなった
このごろ、日本酒を旨いと思うようになった。
もともと鹿児島生まれなので、東京の大学生時代から芋焼酎やジン、ウオッカが体に合っていた。
また、子供の頃から甘いものが苦手なこともあって、日本酒の甘さは口に残り、なんとも旨いと思えなかった。
それが、ここ1年位前から、日本酒も意外と美味しいなと思えるようになってきたのだ。なんだか、昔飲んでた日本酒と最近の日本酒は、ひと味違うものになっているような気がする。
焼酎との対抗上、日本酒メーカーが頑張っているのだろうか。それとも、私の志向が変わっただけか。
静岡県は意外と美味い日本酒がたくさんある。それも、中部地区に多い。
「正雪」「女泣かせ」「初亀」「磯自慢」など色々な旨い酒がある。
そんななか、先日浜松市内で昨年に引き続き「日本100銘酒、利き酒の会」があった。
1500円で日本各地の100種類の銘酒を飲めるのである。立ち飲みではあるが2時間の間は、手に持ったおちょこで、文字通り100種類の日本酒を飲み放題!
とにかく日本中の蔵元が、自慢の酒を並べているので、まさに飲みごたえ満点。それほど広くない会場は飲兵衛で溢れかえっていた。

「司牡丹」高知県、一升瓶で1万円の酒。かなり旨い。さすがに一人おちょこ一杯だけもらえる。

「若竹」静岡県、これも一升瓶で1万円。でも、何杯も飲めた。^^

「大山」山形県、ここは去年も飲んだが、今年も美味かった。
とにかく、本当に旨い酒、酒、酒・・・が勢ぞろいしていた。
この歳になって、日本酒に嵌りそう。
もともと鹿児島生まれなので、東京の大学生時代から芋焼酎やジン、ウオッカが体に合っていた。
また、子供の頃から甘いものが苦手なこともあって、日本酒の甘さは口に残り、なんとも旨いと思えなかった。
それが、ここ1年位前から、日本酒も意外と美味しいなと思えるようになってきたのだ。なんだか、昔飲んでた日本酒と最近の日本酒は、ひと味違うものになっているような気がする。
焼酎との対抗上、日本酒メーカーが頑張っているのだろうか。それとも、私の志向が変わっただけか。
静岡県は意外と美味い日本酒がたくさんある。それも、中部地区に多い。
「正雪」「女泣かせ」「初亀」「磯自慢」など色々な旨い酒がある。
そんななか、先日浜松市内で昨年に引き続き「日本100銘酒、利き酒の会」があった。
1500円で日本各地の100種類の銘酒を飲めるのである。立ち飲みではあるが2時間の間は、手に持ったおちょこで、文字通り100種類の日本酒を飲み放題!
とにかく日本中の蔵元が、自慢の酒を並べているので、まさに飲みごたえ満点。それほど広くない会場は飲兵衛で溢れかえっていた。

「司牡丹」高知県、一升瓶で1万円の酒。かなり旨い。さすがに一人おちょこ一杯だけもらえる。

「若竹」静岡県、これも一升瓶で1万円。でも、何杯も飲めた。^^

「大山」山形県、ここは去年も飲んだが、今年も美味かった。
とにかく、本当に旨い酒、酒、酒・・・が勢ぞろいしていた。
この歳になって、日本酒に嵌りそう。
2011年12月10日
AppStoreRewind2011でえいご上手 Off Beatが
年末が近くなり、私の会社内も最後の作品制作追い込みで、かなり忙しい状態に陥っている。
玩具メーカーはクリスマスシーズンから年末年始期間の売り上げが、毎年業績を大きく左右するが、私の会社も、年末のアプリの売り上げはかなり重要だ。
そこで、12月発売に向けて、秋口から数本の作品の作りこみを始めてきたわけだが、12月を10日間過ぎてもまだ肝心の期待作品が完成せず、あたふたしている。
そんな中、先日Appleが2011年度のベストアプリ発表を行った。2011年度にApp Storeで最も売れた、あるいは人気があったアプリの発表である。
私の会社は2011年度は、いまいちヒット商品がなかった。新作で出した本数も少なかったので、とうぜん選ばれることはないと思っていたのだが・・・
なんと!!! 8月に出した「えいご上手 Off Beat」がApp Store2011年度のベストアプリ教育部門で、トップに選ばれたのだ。社員一同、驚いたのなんのって。え~っ という感じである。
「えいご上手 Off Beat」は8/31日のブログにも書いたが、最初つけた名前がわかりづらくて、発売後にあわてて名前を変えた、思い出のアプリである。


教育カテゴリーのトップとして、黄色い「えいご上手 Off Beat」のアイコンが見える。
2010年どは初代「えいご上手」が、App Store殿堂入りを果たしているので、2連連続の栄誉である。
う~ん、我ながら、あっぱれ! いや、作った社員たちがあっぱれだね!!
これで、よいお正月が迎えられるかな~?いや、売り上げが上がらないと意味が無いので、まだまだ・・・
玩具メーカーはクリスマスシーズンから年末年始期間の売り上げが、毎年業績を大きく左右するが、私の会社も、年末のアプリの売り上げはかなり重要だ。
そこで、12月発売に向けて、秋口から数本の作品の作りこみを始めてきたわけだが、12月を10日間過ぎてもまだ肝心の期待作品が完成せず、あたふたしている。
そんな中、先日Appleが2011年度のベストアプリ発表を行った。2011年度にApp Storeで最も売れた、あるいは人気があったアプリの発表である。
私の会社は2011年度は、いまいちヒット商品がなかった。新作で出した本数も少なかったので、とうぜん選ばれることはないと思っていたのだが・・・
なんと!!! 8月に出した「えいご上手 Off Beat」がApp Store2011年度のベストアプリ教育部門で、トップに選ばれたのだ。社員一同、驚いたのなんのって。え~っ という感じである。
「えいご上手 Off Beat」は8/31日のブログにも書いたが、最初つけた名前がわかりづらくて、発売後にあわてて名前を変えた、思い出のアプリである。

教育カテゴリーのトップとして、黄色い「えいご上手 Off Beat」のアイコンが見える。
2010年どは初代「えいご上手」が、App Store殿堂入りを果たしているので、2連連続の栄誉である。
う~ん、我ながら、あっぱれ! いや、作った社員たちがあっぱれだね!!
これで、よいお正月が迎えられるかな~?いや、売り上げが上がらないと意味が無いので、まだまだ・・・
2011年11月21日
35年ぶり大学同窓会に行ってきた
昨日日曜日は、東京の早稲田大学構内で、1076年卒業生の同窓会が初めておこなわれ、浜松からわざわざ新幹線を使って行ってきた。
一日だけではもったいないので、土曜日から出かけて、大学時代の部活「スペイン語研究会」の仲間5人で勝手に前夜祭。

生憎の大雨の中、場所は早稲田大学のそばにある、おなじみの「しのぶ」。88歳の女将さんが挨拶に出てきてくれた。いつまでもお元気だ!
おでんとどじょうの丸焼き、それに樽酒がやけに美味かった。5時から始めて、升酒でかなりの杯数を飲んだようだ。9時過ぎに帰る頃には、上機嫌の千鳥足になっていた。

翌日の日曜日は、大隈講堂の横で100人の同窓会。1976年の卒業生は1万人はいると思われるが、出席者は100人だけ。さすが、早稲田マン、年を重ねても群れないね!
強情なのか、我が道を行くなのか、社会に出ても本当に群れない人種である。
今回100人には35年ぶりに会ったわけだが、やはり、ほぼ全員顔がわからなかった。もっとも、法学部の同じクラスの人間は私一人しかでておらず、他のクラスや、他の学部の人達なので知ってるはずもなかったが。
でも、2次会、3次会と付き合って杯を重ねるうちに、どうも会ったことがあるような気がするという人が一人だけ現れたりして、それはそれで面白かった。その人によると会った場所が、「緑法会」という弁護士志望者の部活だったといことで、う~ん、当時そんな勉強をしていた時もあったなと、つい懐かしくなった。
そう、私は大学入学の頃は、取り敢えず弁護士志望だったのだ!IT会社で働いている今では、想像もできないが。
なんにせよ、35年ぶりの同窓会はかなり盛り上がった。
いろんな人生を歩いてきた連中が、それぞれの人生を背中に摺り込んで、自慢話をするでもなく、他愛もない話で杯を重ねる。そんな味わい深い時間が流れていった。
一日だけではもったいないので、土曜日から出かけて、大学時代の部活「スペイン語研究会」の仲間5人で勝手に前夜祭。
生憎の大雨の中、場所は早稲田大学のそばにある、おなじみの「しのぶ」。88歳の女将さんが挨拶に出てきてくれた。いつまでもお元気だ!
おでんとどじょうの丸焼き、それに樽酒がやけに美味かった。5時から始めて、升酒でかなりの杯数を飲んだようだ。9時過ぎに帰る頃には、上機嫌の千鳥足になっていた。
翌日の日曜日は、大隈講堂の横で100人の同窓会。1976年の卒業生は1万人はいると思われるが、出席者は100人だけ。さすが、早稲田マン、年を重ねても群れないね!
強情なのか、我が道を行くなのか、社会に出ても本当に群れない人種である。
今回100人には35年ぶりに会ったわけだが、やはり、ほぼ全員顔がわからなかった。もっとも、法学部の同じクラスの人間は私一人しかでておらず、他のクラスや、他の学部の人達なので知ってるはずもなかったが。
でも、2次会、3次会と付き合って杯を重ねるうちに、どうも会ったことがあるような気がするという人が一人だけ現れたりして、それはそれで面白かった。その人によると会った場所が、「緑法会」という弁護士志望者の部活だったといことで、う~ん、当時そんな勉強をしていた時もあったなと、つい懐かしくなった。
そう、私は大学入学の頃は、取り敢えず弁護士志望だったのだ!IT会社で働いている今では、想像もできないが。
なんにせよ、35年ぶりの同窓会はかなり盛り上がった。
いろんな人生を歩いてきた連中が、それぞれの人生を背中に摺り込んで、自慢話をするでもなく、他愛もない話で杯を重ねる。そんな味わい深い時間が流れていった。
2011年10月14日
iPhone4Sが発売になった
今年初めから、今か今かと待っていたiPhoneの新製品、iPhone4Sが本日やっと発売になった!
噂されていた、iPhone5ではなかったけれど、以前から予想されていたiPhone5の機能が、ほぼ取り入れられていて、iPhone4SはほとんどiPhone5そのものだ。
それに、ソフトバンクはiPhone3G からの乗り換えを、無償でやってくれるという。これは3Gや3GSユーザーにとっては、かなり嬉しい。^^私も早速、3日前にiPhone4Sの予約を入れた。いつ手元に届くのかワクワクである。
今回はAUからも、iPhone4Sが発売になり、ソフトバンクアレルギーの人たちも、iPhoneを手に入れやすくなった。このことは、iPhoneユーザーが大きく増加する要因になりそうで、私の会社にとっては大きな朗報である。
iPhoneアプリを今もせっせと作っている我社にとって、iPhoneユーザーが増えることは、この上もない商売チャンスになる。
我社ではAndroidアプリも作っているのだが、Androidユーザーはあまり有料アプリを買ってくれない。iPhoneの10分の1ぐらいの売り上げである。だから、iPhoneユーザーが増えてくれると嬉しいのだ。
早く、iPhone4Sが届かないかと、まるで少年のようにウキウキ心待ちにしている今日この頃。
噂されていた、iPhone5ではなかったけれど、以前から予想されていたiPhone5の機能が、ほぼ取り入れられていて、iPhone4SはほとんどiPhone5そのものだ。
それに、ソフトバンクはiPhone3G からの乗り換えを、無償でやってくれるという。これは3Gや3GSユーザーにとっては、かなり嬉しい。^^私も早速、3日前にiPhone4Sの予約を入れた。いつ手元に届くのかワクワクである。
今回はAUからも、iPhone4Sが発売になり、ソフトバンクアレルギーの人たちも、iPhoneを手に入れやすくなった。このことは、iPhoneユーザーが大きく増加する要因になりそうで、私の会社にとっては大きな朗報である。
iPhoneアプリを今もせっせと作っている我社にとって、iPhoneユーザーが増えることは、この上もない商売チャンスになる。
我社ではAndroidアプリも作っているのだが、Androidユーザーはあまり有料アプリを買ってくれない。iPhoneの10分の1ぐらいの売り上げである。だから、iPhoneユーザーが増えてくれると嬉しいのだ。
早く、iPhone4Sが届かないかと、まるで少年のようにウキウキ心待ちにしている今日この頃。
2011年08月31日
Off Beat Specialの名前を変えてみたら驚きの結果に

8/16にiPhoneアプリの「Off Beat Special」を発売してみたが、一日50本程度の売れ行きで、一週間たってもパッとしなかった。
周りに感想を聞くと、内容は良いのだが名前がわかりづらい、検索で見つけにくいとのことで、急遽名前を変更することに。
「Off Beat Special」も我社のヒットアプリ「えいご上手」シリーズの一つなので、「えいご上手 Off Beat」と変更。ついでにアイコンにも「えいご上手」の文字を入れた。
名前変更だけでは目立ちにくいので、価格も250円を170円に下げて発売を始めたところ、なんと翌日からどんどん売れ始めて、2日後にはAppStore教育部門ランキングで一位に。
3日後にはついに、総合部門でも3位にランクインし、一日1700本の売れ行き!!!
商品名がこんなにも大事であると、あらためて知らされた次第。いや~、驚いた。
2011年08月19日
Off Beat Special (オフビート スペシャル)を発売!
8/16午前10時にAppStoreから、英語学習アプリ「Off Beat Special」(オフビート スペシャル)を発売しました!価格は250円。
このアプリは、ぶっつけ本番、台本なしの「生の英会話」を満載。
あなたの脳を熱く刺激します!
英語に関して日本人は、文字にするとかなり分かる人でも英語会話の聞き取りになると不得意です。
それは、学校教育で文字中心の英語教育をうけてきたからです。
今の国際化の時代には、英語はコミュニケーションの手段として、相手の話す言葉を聞き取り、こちらの伝えたいことを口に出して表現できることが大切です。
ビジネスの現場や、街で話される会話は教科書にのっているような綺麗な英文ではありません。
立派な英語教材で学んでも、相手はそのとおりには話してくれず、実際の会話についていけないのです。
では、普段にビジネスや街で使われる会話が分かるようになるには、どうしたら良いのでしょうか?
それは、実際に話される生の会話を徹底して聞き取り、慣れることから始めることです。
その際、日本語に訳そうとしないことが大切です。音の流れ、塊、リズム、テンポに慣れましょう。
「Off Beat Special」はまさに、このような学習理念に基づいて作られた学習教材です。
男女2人のアメリカ人に録音スタジオに入ってもらい、自由に会話をしてもらいました。
そのさい、二人に告げられるのは会話の題名と話す時間の長さだけです。
題名は「好きな食べ物について」とか「今までに感動したことについて」のようなものです。
会話の長さは1分以内か2分30秒前後のどちらかです。
二人にはぶっつけ本番で時計を見ながら、自由に掛け合いのおしゃべりをしてもらいました。
アドリブですから、途中で相槌が入ったり、いきなり文脈がかわったり、まさに普段の井戸端会議です。
このアプリの学習の時は、とにかく最初は日本語を忘れて下さい。英語の音をそのまま素直に聞き流して下さい。繰り返し聞くうちに、驚くほど会話の聞き取りができるようになっていることに驚かれるでしょう。
また、会話再生のスピードは1.5倍速と2倍速に変えることができます。再生スピーを上げて聞いた後、普通の速さに戻して聞くと、あれ、こんなにゆっくり聞こえるのかとびっくりさせられます。
人間の耳って不思議ですね。速さにすぐ慣れてしまうのです。
とにかく、学習効果が目に見えて実感できるアプリです。お勧めです。ぜひお試し下さい。
って言いながら、まず自分がこれで勉強しなきゃね。><:




2011年07月11日
東日本大震災復興支援2

石巻市内の光景。建物の外側はかろうじて残っているが内部は破壊されつくした家々が、広大な地域全体に虚しく建っている。その地域にあるすべての家が波に内部をえぐられ、まさに無人の廃墟の街と化していた。

南三陸町の光景は石巻市内と異なり、構造物は大きなコンクリート建物を除けばほぼすべて跡形もなく消え去って、残っているのはあちこちに広がる瓦礫の山。遠くに見える建物も内部は全て波の力で破壊されている。目の前に広がる光景があまりにも凄まじく、現実であることが嘘のように思える。

南三陸町の海岸近く。コンクリートのビルもいとも簡単に横倒しになっている。4階建てのホテルもその上から波が押し寄せて、内部を破壊されつくしていた。
テレビや新聞の映像ではなんども見ていたが、現地に来て理解を超えた自然の脅威と破壊力に、言葉が見つからない。
今回私が所属するロータリークラブの有志14人で、震災後4ヵ月の被災地訪問をしたのだが、正直言って此処に来るまでは、皆、来ても良いのもかどうか迷っていた。支援と言ってもたいしたことが出来るわけでもない。現地の復興の足手まといになるだけの視察で終わるのではないかと。
でも、現地に来て実際に自分の目で見て、初めて理解できるものがあることが分かった。やはり、こなければわからない。行動しなければ何も始まらない。
2011年07月09日
東日本大震災復興支援
所属ロータリークラブ主催の東日本大震災復興支援のために昨夜20:00に浜松を出発し、06:30仙台に到着。マイクロバスで席に十分余裕があったので、出発前に想像していたより疲れは少なかったが、やはり長旅の疲れが少々。運転手のお二人はかなりお疲れだろう。
スーパー銭湯を見つけた。天然温泉らしい。全員殆ど寝てなかったので、スーパー銭湯で仮眠を取ろうという事に。朝8:00から開くので、それまで待機中!
私はiPhoneの電池が少なくなってきていたので、オープンを待っている間、建物の中で見つけたコンセントで密かに充電。有料で良いので、スマートフォンの充電スポットがほしい!
スーパー銭湯の中はかなり良かった。内部の部屋の作りも、露天風呂を含めた温泉のつくりも満足。
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タグ :東日本大震災復興支援仙台
2011年07月01日
新iPhoneアプリの発売
本日、App Storeから「えいご上手統合版」が発売された!350円。

英語学習アプリとして人気の「えいご上手」と「えいご上手中級編」が1本に統合され、78話、7時間50分のコンテンツを収録。十分な学習量である!

「えいご上手」は2010年度App Store殿堂入りアプリである。自社の商品ながら殿堂入りとはすごいね。^^
で、今回どれぐらい売れるか・・・?
我社では今年になってからまだ一本もiPhoneアプリの新作が出ていなかった。これも、いまあるものの統合版なので、あまり新作とは言えない。><;
本当の新作は8月頭ぐらいの発売になりそう。
ところで、あさっての日曜日は朝7時半待ち合わせで、横浜まで車で行くことになった。
所属しているロータリークラブの、文化の会?の催しで、横浜のある邸宅を見学に行くことに。
総勢4名。わざわざ日曜日の1日をかけて車でいくのだから、それなりの邸宅?
はて、どんなんが見れるのやら・・。弥次喜多道中で終わらなければよいが。- 祈 -

英語学習アプリとして人気の「えいご上手」と「えいご上手中級編」が1本に統合され、78話、7時間50分のコンテンツを収録。十分な学習量である!

「えいご上手」は2010年度App Store殿堂入りアプリである。自社の商品ながら殿堂入りとはすごいね。^^
で、今回どれぐらい売れるか・・・?
我社では今年になってからまだ一本もiPhoneアプリの新作が出ていなかった。これも、いまあるものの統合版なので、あまり新作とは言えない。><;
本当の新作は8月頭ぐらいの発売になりそう。
ところで、あさっての日曜日は朝7時半待ち合わせで、横浜まで車で行くことになった。
所属しているロータリークラブの、文化の会?の催しで、横浜のある邸宅を見学に行くことに。
総勢4名。わざわざ日曜日の1日をかけて車でいくのだから、それなりの邸宅?
はて、どんなんが見れるのやら・・。弥次喜多道中で終わらなければよいが。- 祈 -
2011年06月15日
グアムへその2
南の島に来たからには海でしょうということで、グアム滞在3日目に、グアム島北西部にあるココパームビーチへ行ってきた。
バスで、人里はなれた森の中を走り舗装されていないくねくね道を海岸まで降りていくと、目の前に青い太平洋と白い砂浜が広がっていた。

椰子の木の向こうに青い海原と砂浜が!

目の前に、遠浅の海が。海底は大小の岩があり素足では入れない。海とはいっても遊泳が許可されているのは水の深さ、ひざ下10センチぐらいまでのところで、とても泳ぐという雰囲気ではない。
ライフジャケットを着て、シュノーケルと水中メガネで浅瀬にいる水中の熱帯の魚を観察するのが目的になる。風景と水の色はすばらしいのだが、高校時代、水泳部員の私としては最初、かなりがっくりした。
しかし、シュノーケルは今回初体験だったので挑戦してみたら意外と簡単で、浅瀬にもいろいろな魚がいて、それなりに楽しめた。

海岸にあるレストランの脇に、椰子蟹を発見。展示用に飼われていた。これって食べれるんだよね。

ランチはいかにもアメリカ的なハンバーグ。でも、おなかがすいていたので美味しかった。空腹は最高のスパイスだ。^^

グアムの日差しはさすがに刺すように痛い。成田空港で出発前に日焼け止めクリームを買っていったので、浜に出る前に体に塗りたくっていた。私は色が白いので、強い日差しにさらされると日焼けするというより、やけどをするように真っ赤になり、ヒリヒリと赤むけで悲惨なことになる。
今回半信半疑で日焼け止めクリームを塗ったのだが、これが劇的に効果があった。ぜんぜん赤くならなかったのである。う~ん、最近の日焼け止めクリームはすごいね!
バスで、人里はなれた森の中を走り舗装されていないくねくね道を海岸まで降りていくと、目の前に青い太平洋と白い砂浜が広がっていた。

椰子の木の向こうに青い海原と砂浜が!

目の前に、遠浅の海が。海底は大小の岩があり素足では入れない。海とはいっても遊泳が許可されているのは水の深さ、ひざ下10センチぐらいまでのところで、とても泳ぐという雰囲気ではない。
ライフジャケットを着て、シュノーケルと水中メガネで浅瀬にいる水中の熱帯の魚を観察するのが目的になる。風景と水の色はすばらしいのだが、高校時代、水泳部員の私としては最初、かなりがっくりした。
しかし、シュノーケルは今回初体験だったので挑戦してみたら意外と簡単で、浅瀬にもいろいろな魚がいて、それなりに楽しめた。

海岸にあるレストランの脇に、椰子蟹を発見。展示用に飼われていた。これって食べれるんだよね。

ランチはいかにもアメリカ的なハンバーグ。でも、おなかがすいていたので美味しかった。空腹は最高のスパイスだ。^^

グアムの日差しはさすがに刺すように痛い。成田空港で出発前に日焼け止めクリームを買っていったので、浜に出る前に体に塗りたくっていた。私は色が白いので、強い日差しにさらされると日焼けするというより、やけどをするように真っ赤になり、ヒリヒリと赤むけで悲惨なことになる。
今回半信半疑で日焼け止めクリームを塗ったのだが、これが劇的に効果があった。ぜんぜん赤くならなかったのである。う~ん、最近の日焼け止めクリームはすごいね!
2011年06月09日
初めてグアムへ
5月の終わりに初めて、常夏の島グアムへ行ってきた。
エポック社の社員旅行に、有り難くも私の会社も参加させていただいて、3泊4日の旅。
総勢180人あまりの一団の中、私の会社からは4名の女性社員と私が参加。
私は元々旅行会社の社員だったので、結構あっちこっち行っていたのだが、グアムは初めての経験だった。
旅の感想を一言で言うと、「のんびりできた~」
地図でしみじみ見てみると、グアムは東京から南へ一直線、約3時間半の飛行で、パプアニューギニアとの中間ぐらいに位置することも今回はじめて知った。
行ってみて驚いたことは2つ。
島内で出会う観光客はほぼ日本人であったことと、晴れているのに突然雨がパラパラ降ってくること。
空を見上げると、雲の塊が横切っている。短時間で止むので、これが熱帯のスコールなんだねと納得。
日本人観光客の件では、日本は大震災のあとで、経済はかなり沈みきっているはずなのに、南の島グアムに来ている観光客が日本人ばかりということは、まだ他の国より日本は豊かなのかな~、とふと思う。

「ウェスティンホテル」に宿泊。直ぐ目の前が海で、ショッピングのお店が並ぶ繁華街にも近く、便利だった。
行く前にグアムでぜひやりたいと思っていたことは、ばかでかいアメリカンステーキを食べること!
アメリカの肉は旨くないよと、皆に冷ややかな目で見られたが、何を差し置いてもまずこれをやりたいと思っていた。
30年ぐらい前にハワイで食べた巨大ステーキの思い出が頭の隅っこに住み着いていたからだ。
で、初日の夜に早速実行。
ホテルの前に、丁度大きなステーキハウスがあった。看板には「アメリカN0.1人気のステーキハウス」とある。泣かせるね。^^

480グラム、2500円ぐらい。さすがにでかい。パクつくと味はまあ~ね。こんなもんでしょう。とりあえず、私は大きさだけでいいんです!

でかい海老。これは私が頼んだのではないので、生唾を飲み込みながら、ひとまず若い社員さんたちにゆずった。すきを見て、すこしだけ失敬したが味に記憶がないので、きっと淡白だったのだろう。

巨大な「オニオンフライ」。出てきた時には思わずのけぞった。このでかさ、うれし~ね。

ビールジョッキも巨大で、なみなみと生ビールがつがれてきた。すばらしい!
エポック社の若い社員さんたちのトークも盛り上がり、夜のこの店で、一気に外国に来た気分に突入した私だった。
エポック社の社員旅行に、有り難くも私の会社も参加させていただいて、3泊4日の旅。
総勢180人あまりの一団の中、私の会社からは4名の女性社員と私が参加。
私は元々旅行会社の社員だったので、結構あっちこっち行っていたのだが、グアムは初めての経験だった。
旅の感想を一言で言うと、「のんびりできた~」
地図でしみじみ見てみると、グアムは東京から南へ一直線、約3時間半の飛行で、パプアニューギニアとの中間ぐらいに位置することも今回はじめて知った。
行ってみて驚いたことは2つ。
島内で出会う観光客はほぼ日本人であったことと、晴れているのに突然雨がパラパラ降ってくること。
空を見上げると、雲の塊が横切っている。短時間で止むので、これが熱帯のスコールなんだねと納得。
日本人観光客の件では、日本は大震災のあとで、経済はかなり沈みきっているはずなのに、南の島グアムに来ている観光客が日本人ばかりということは、まだ他の国より日本は豊かなのかな~、とふと思う。

「ウェスティンホテル」に宿泊。直ぐ目の前が海で、ショッピングのお店が並ぶ繁華街にも近く、便利だった。
行く前にグアムでぜひやりたいと思っていたことは、ばかでかいアメリカンステーキを食べること!
アメリカの肉は旨くないよと、皆に冷ややかな目で見られたが、何を差し置いてもまずこれをやりたいと思っていた。
30年ぐらい前にハワイで食べた巨大ステーキの思い出が頭の隅っこに住み着いていたからだ。
で、初日の夜に早速実行。
ホテルの前に、丁度大きなステーキハウスがあった。看板には「アメリカN0.1人気のステーキハウス」とある。泣かせるね。^^

480グラム、2500円ぐらい。さすがにでかい。パクつくと味はまあ~ね。こんなもんでしょう。とりあえず、私は大きさだけでいいんです!

でかい海老。これは私が頼んだのではないので、生唾を飲み込みながら、ひとまず若い社員さんたちにゆずった。すきを見て、すこしだけ失敬したが味に記憶がないので、きっと淡白だったのだろう。

巨大な「オニオンフライ」。出てきた時には思わずのけぞった。このでかさ、うれし~ね。

ビールジョッキも巨大で、なみなみと生ビールがつがれてきた。すばらしい!
エポック社の若い社員さんたちのトークも盛り上がり、夜のこの店で、一気に外国に来た気分に突入した私だった。
2011年05月13日
熊野の長藤
日曜日、ねむの木学園訪問のあと、天竜川沿い豊田町いにある「熊野の長藤」を見てきた。
行興寺の境内に6本の藤の木が植えられている。

「熊野」とかいて「ゆや」と読む。「ゆやのながふじ」である。
花の房の長さが、長いもので1.5メートルにもなり、まさに長藤というにふさわしく、境内いっぱいに淡紫色の房がたわわに垂れ下がるさまは圧巻である。
花房が5月の風に吹かれて、さわさわと揺れる下に立っていると、胸いっぱいの幸せな気分が私を包み込む。
境内にある6本の藤のうち、国指定天然記念物になっていて樹齢が850年になるというものもある。
西暦1160年代ごろといえば平安時代の尾張の頃である。この藤の花は、平安の世の様も見ていたのだ。
悠久の時間の流れに、気が遠くなる。

「熊野の長藤」はお寺の境内なので、無料で見ることが出来る。これもまた素晴らしいことだ。^^
行興寺の境内に6本の藤の木が植えられている。

「熊野」とかいて「ゆや」と読む。「ゆやのながふじ」である。
花の房の長さが、長いもので1.5メートルにもなり、まさに長藤というにふさわしく、境内いっぱいに淡紫色の房がたわわに垂れ下がるさまは圧巻である。
花房が5月の風に吹かれて、さわさわと揺れる下に立っていると、胸いっぱいの幸せな気分が私を包み込む。
境内にある6本の藤のうち、国指定天然記念物になっていて樹齢が850年になるというものもある。
西暦1160年代ごろといえば平安時代の尾張の頃である。この藤の花は、平安の世の様も見ていたのだ。
悠久の時間の流れに、気が遠くなる。

「熊野の長藤」はお寺の境内なので、無料で見ることが出来る。これもまた素晴らしいことだ。^^
タグ :熊野の長藤
2011年05月10日
59歳、50代もあと一年・・・
今日は59回目の誕生日だった。
60歳へのカウントダウンが始まった。
今までの自分の人生の出来事をつらつら思い出すと、もうずいぶん長く生きてきている気がする。
人の3倍は経験をしてきたような。私に取って、決して時の経つのは早くはない。
今朝は朝7時半からロータリークラブの朝例会があった。
1時間ほどの朝例会では、その終わりがけに毎月の誕生日を迎えたメンバーに、ささやかな誕生日プレゼントと1分間ほどのスピーチ時間がある。
今日はまさに私の誕生日だったので、さあ、今年は何をもらえるのかな、なにをしゃべろうかなと心の準備をしてその時を待ったのだが、あろうことか終了間際になって、本日は時間が足りなくなったので、お誕生日祝いは次回に持ち越しということになった。ありゃ~っ!
まあ、人生期待しているとこういう肩透かしがあるのよね。
それはともかくとして、一昨日の日曜日はロータリークラブの勉強会で、袋井市の山奥にある「ねむの木学園」を初めて訪問してきた。
「ねむの木学園」は女優の宮城まり子さんが1968年から始められた、肢体不自由児のための療護施設である。
その名前と存在は昔から知っていたが、どういうところでどのように営まれているのか恥ずかしながら殆ど知らずにいた。
初めて訪問した「ねむの木学園」は袋井市から山奥に入っていったねむの木村の中にあった。
昔懐かしい田舎の匂いのする村全体に、ねむの木学園、吉行淳之介文学館、ねむの木こども美術館(どんぐり)、美術館、こどものお店、喫茶MARIKOなどが美しい新緑の中に散在していた。
天気も最高で、胸いっぱいに、のどかに流れる時間と新緑の空気を吸い込んで、久しぶりに懐かしい田舎の風景を堪能することができた。
吉行淳之介文学館も建物、展示物共に素晴らしいところだった。

村の中にある「吉行淳之介文学館」。作家の生き様が見られて興味深かった。
素敵な茶室も有り、そこで抹茶を頂いた。(この写真はWikipediaから借用です)
もう83歳になられた、車いす姿の宮城まり子さんのお話しも直接聞くことができた。
44年間にわたり肢体不自由児の子供たちの為に、私財をなげうって学園を運営されてきたことに深く感動した。到底私にはできない、底知れない凄さを感じた。
人はいったい何に生きる意味を見出すのだろうか。私は・・・?
子供たちへの深い愛、吉行淳之介さんへの愛。宮城まり子さんの人生はまさに人への愛に満ちた人生だった。

「ねむの木こども美術館(どんぐり)」子どもたちの作品は、ハッとするような色使いと画面構成にみちていた。
ゴールデンウィークの最終日に良い体験をすることができた。2日早い誕生日プレゼントだった。
60歳へのカウントダウンが始まった。
今までの自分の人生の出来事をつらつら思い出すと、もうずいぶん長く生きてきている気がする。
人の3倍は経験をしてきたような。私に取って、決して時の経つのは早くはない。
今朝は朝7時半からロータリークラブの朝例会があった。
1時間ほどの朝例会では、その終わりがけに毎月の誕生日を迎えたメンバーに、ささやかな誕生日プレゼントと1分間ほどのスピーチ時間がある。
今日はまさに私の誕生日だったので、さあ、今年は何をもらえるのかな、なにをしゃべろうかなと心の準備をしてその時を待ったのだが、あろうことか終了間際になって、本日は時間が足りなくなったので、お誕生日祝いは次回に持ち越しということになった。ありゃ~っ!
まあ、人生期待しているとこういう肩透かしがあるのよね。
それはともかくとして、一昨日の日曜日はロータリークラブの勉強会で、袋井市の山奥にある「ねむの木学園」を初めて訪問してきた。
「ねむの木学園」は女優の宮城まり子さんが1968年から始められた、肢体不自由児のための療護施設である。
その名前と存在は昔から知っていたが、どういうところでどのように営まれているのか恥ずかしながら殆ど知らずにいた。
初めて訪問した「ねむの木学園」は袋井市から山奥に入っていったねむの木村の中にあった。
昔懐かしい田舎の匂いのする村全体に、ねむの木学園、吉行淳之介文学館、ねむの木こども美術館(どんぐり)、美術館、こどものお店、喫茶MARIKOなどが美しい新緑の中に散在していた。
天気も最高で、胸いっぱいに、のどかに流れる時間と新緑の空気を吸い込んで、久しぶりに懐かしい田舎の風景を堪能することができた。
吉行淳之介文学館も建物、展示物共に素晴らしいところだった。

村の中にある「吉行淳之介文学館」。作家の生き様が見られて興味深かった。
素敵な茶室も有り、そこで抹茶を頂いた。(この写真はWikipediaから借用です)
もう83歳になられた、車いす姿の宮城まり子さんのお話しも直接聞くことができた。
44年間にわたり肢体不自由児の子供たちの為に、私財をなげうって学園を運営されてきたことに深く感動した。到底私にはできない、底知れない凄さを感じた。
人はいったい何に生きる意味を見出すのだろうか。私は・・・?
子供たちへの深い愛、吉行淳之介さんへの愛。宮城まり子さんの人生はまさに人への愛に満ちた人生だった。

「ねむの木こども美術館(どんぐり)」子どもたちの作品は、ハッとするような色使いと画面構成にみちていた。
ゴールデンウィークの最終日に良い体験をすることができた。2日早い誕生日プレゼントだった。
2011年05月05日
久しぶりに囲碁を
ゴールデンウィークの最終日に、久しぶりに「ネット棋院」というところでネット囲碁を打ってみた。
3年ぶりぐらいだろうか。
一時、ネット囲碁に熱中した時期があって、毎日夜遅くまで囲碁対局をしていたのだが、自宅のパソコンが古くなって、対局途中にフリーズばかりするようになってから、断念していた。
久しぶりに打ってみると、やはり感覚がつかめない。
もとより3級程度のへぼ打ちなので、大したことはないのだが、いきなり対局するのはドキドキする。
案の定、2局続けて負けた。そして、3局目にやっと勝てた。すなおにうれしい。
囲碁は脳をかなり使うので、ボケ防止によいという。
最近、歳のせいか頭の働きが悪くなってきているのが自覚できるので、そろそろまた、囲碁を再開することにする。
来週は59歳の誕生日をむかえる。少しは、ボケ防止に効果を期待しよう!
お暇な人は一緒にどうですか?
3年ぶりぐらいだろうか。
一時、ネット囲碁に熱中した時期があって、毎日夜遅くまで囲碁対局をしていたのだが、自宅のパソコンが古くなって、対局途中にフリーズばかりするようになってから、断念していた。
久しぶりに打ってみると、やはり感覚がつかめない。
もとより3級程度のへぼ打ちなので、大したことはないのだが、いきなり対局するのはドキドキする。
案の定、2局続けて負けた。そして、3局目にやっと勝てた。すなおにうれしい。
囲碁は脳をかなり使うので、ボケ防止によいという。
最近、歳のせいか頭の働きが悪くなってきているのが自覚できるので、そろそろまた、囲碁を再開することにする。
来週は59歳の誕生日をむかえる。少しは、ボケ防止に効果を期待しよう!
お暇な人は一緒にどうですか?
2011年04月22日
東日本大震災について
私は10数年前から、海外でビジネスをがんばっている方々のネットワークである「和僑ネット」に参加していて、時々メンバーの方々が出されるメールを読んでいるが、昨日、台湾在住の東多美由起さんが出されたメールをみて、大きく心が動かされた。
そして、日本人全員に今、この文章を読んで欲しいと強く思った。
以下が、そのメールの文である。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
昔の友人で神戸地震をまともに体験し、その中で苦闘していた友人からたまたま連絡がありました。彼がかいた神戸地震の回想記の一部を紹介させてください。東北の人たちのこれからを思うと、言葉が出ません。
被災地・被災者というレッテルを貼ったあなた達に問う。「西田直文」
母はガレキを怖がって外を歩けない。
部屋の中に一人でいると不安で涙が出る。
もう不安がることはないから、のんびりと親父と避難先で静養していたらと勧めても気持ちはこわばったままだ。
明治生まれの父は以前にも増して無口になって動かない。兄二人も家を失い、誰が、どこで両親たちと暮らすのか、兄弟たちとの相談は口論のようになって堂々巡りとなる。親たちをタライ回しにするつもりはないが、それを聞いていた母が「もう止めて!」と突然に泣き出す。こんなに激しく泣く母を見たのは初めてだった。
家族全員の生命があっただけでこれ以上の幸せはないはずだ、という説得はもう通じない。人生のあらゆる不安を胸の内に押しとどめていた堰を失ってしまっている。これは地震と関係ないことだ。ただ地震がそれを加速させたにすぎない。
「体験者一人ひとりが、しっかり足元を見つめるしかない」という願いも言葉も虚しくなる。ただただ泣きじゃくる母をひしっと抱きしめるしかなかった。思えば私から母を抱きしめることは初めての経験であった。
この母親の有様からは、空襲の中や戦後の焼け跡の中を、幼子4人を抱えて奮闘した母の姿を想像することができない。
「こんどの地震の方がずっと怖い。あの頃の若さも元気もないから…」
返す言葉もない。年寄りや弱者に被いかぶさる精神的圧迫を少しでも軽くするには、より一層の思いやりと優しさを以ってするしかないのだろう。言葉は美しいが、これも容易なことではない。これからこの悪環境の中で、いや環境がどうのこうのではなくて、精一杯、私たちがどれだけ優しくなれるのかだけが厳しく問われるのだろう。
一時だが地震は、この社会の秩序を壊した。その混乱の中で体験者の多くは「生・死」をはじめとして細々した生活の端くれにおいても、さまざま根源的なものと出会うことができた。大きな犠牲をはらうことになったが、このおかげで今までの私たちの生活にあった嘘と誠、社会のもつ虚と実を垣間見ることができた。このことは凄い出来事だと思う。
創刊号でのマスコミ、各機関へのお願いは当然ながら無視された。「被災」という言い回しからは、いつまで経っても人的、物的損傷しか語れない。あえて言うなら、この出来事は人の生き方と社会の在り方を顧みる「受難」だと言った方がふさわしい。
「被災地」「被災者」などと言うレッテルしか貼ることしかできなかったあなた達、いままでの社会の枠を越えて動くことができなかったあなた達に問いたい。あなた達は一体、私たちの「何」を見ることができたのですか?
本当に私たちに何ができるのでしょうか?
- - - - - - - - - - -以上が東多美由起さんと、西田直文さんの文章だ。ご本人たちの了解を得て、転載させてもらった。
下記の文章の部分はまさに、私が東日本大震災が起こったあとに、漠然と感じ取っていた私の中の心の変化を言い表している。
「一時だが地震は、この社会の秩序を壊した。その混乱の中で体験者の多くは「生・死」をはじめとして細々した生活の端くれにおいても、さまざま根源的なものと出会うことができた。大きな犠牲をはらうことになったが、このおかげで今までの私たちの生活にあった嘘と誠、社会のもつ虚と実を垣間見ることができた。」
西田直文さんの文章は一人でも多くの日本人に今、読んでもらいたいものだ。
そして、日本人全員に今、この文章を読んで欲しいと強く思った。
以下が、そのメールの文である。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
昔の友人で神戸地震をまともに体験し、その中で苦闘していた友人からたまたま連絡がありました。彼がかいた神戸地震の回想記の一部を紹介させてください。東北の人たちのこれからを思うと、言葉が出ません。
被災地・被災者というレッテルを貼ったあなた達に問う。「西田直文」
母はガレキを怖がって外を歩けない。
部屋の中に一人でいると不安で涙が出る。
もう不安がることはないから、のんびりと親父と避難先で静養していたらと勧めても気持ちはこわばったままだ。
明治生まれの父は以前にも増して無口になって動かない。兄二人も家を失い、誰が、どこで両親たちと暮らすのか、兄弟たちとの相談は口論のようになって堂々巡りとなる。親たちをタライ回しにするつもりはないが、それを聞いていた母が「もう止めて!」と突然に泣き出す。こんなに激しく泣く母を見たのは初めてだった。
家族全員の生命があっただけでこれ以上の幸せはないはずだ、という説得はもう通じない。人生のあらゆる不安を胸の内に押しとどめていた堰を失ってしまっている。これは地震と関係ないことだ。ただ地震がそれを加速させたにすぎない。
「体験者一人ひとりが、しっかり足元を見つめるしかない」という願いも言葉も虚しくなる。ただただ泣きじゃくる母をひしっと抱きしめるしかなかった。思えば私から母を抱きしめることは初めての経験であった。
この母親の有様からは、空襲の中や戦後の焼け跡の中を、幼子4人を抱えて奮闘した母の姿を想像することができない。
「こんどの地震の方がずっと怖い。あの頃の若さも元気もないから…」
返す言葉もない。年寄りや弱者に被いかぶさる精神的圧迫を少しでも軽くするには、より一層の思いやりと優しさを以ってするしかないのだろう。言葉は美しいが、これも容易なことではない。これからこの悪環境の中で、いや環境がどうのこうのではなくて、精一杯、私たちがどれだけ優しくなれるのかだけが厳しく問われるのだろう。
一時だが地震は、この社会の秩序を壊した。その混乱の中で体験者の多くは「生・死」をはじめとして細々した生活の端くれにおいても、さまざま根源的なものと出会うことができた。大きな犠牲をはらうことになったが、このおかげで今までの私たちの生活にあった嘘と誠、社会のもつ虚と実を垣間見ることができた。このことは凄い出来事だと思う。
創刊号でのマスコミ、各機関へのお願いは当然ながら無視された。「被災」という言い回しからは、いつまで経っても人的、物的損傷しか語れない。あえて言うなら、この出来事は人の生き方と社会の在り方を顧みる「受難」だと言った方がふさわしい。
「被災地」「被災者」などと言うレッテルしか貼ることしかできなかったあなた達、いままでの社会の枠を越えて動くことができなかったあなた達に問いたい。あなた達は一体、私たちの「何」を見ることができたのですか?
本当に私たちに何ができるのでしょうか?
- - - - - - - - - - -以上が東多美由起さんと、西田直文さんの文章だ。ご本人たちの了解を得て、転載させてもらった。
下記の文章の部分はまさに、私が東日本大震災が起こったあとに、漠然と感じ取っていた私の中の心の変化を言い表している。
「一時だが地震は、この社会の秩序を壊した。その混乱の中で体験者の多くは「生・死」をはじめとして細々した生活の端くれにおいても、さまざま根源的なものと出会うことができた。大きな犠牲をはらうことになったが、このおかげで今までの私たちの生活にあった嘘と誠、社会のもつ虚と実を垣間見ることができた。」
西田直文さんの文章は一人でも多くの日本人に今、読んでもらいたいものだ。
2011年04月18日
奥歯を入れた
会社の近くの中村歯医者に来ている。昔かぶせた奥歯が先日取れたので、新たに作って被せてもらった。
前の歯医者では私費で10万円以上かかったが、結局6年ぐらいしか持たなかったので、今回は保険で6000円のものを。
もう歳だし、見えない奥歯だからね、これぐらいで丁度良い。
歯が無いとご飯食べるのに、本当苦労する。
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前の歯医者では私費で10万円以上かかったが、結局6年ぐらいしか持たなかったので、今回は保険で6000円のものを。
もう歳だし、見えない奥歯だからね、これぐらいで丁度良い。
歯が無いとご飯食べるのに、本当苦労する。
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